妊娠中から始めるお子さまのむし歯予防

赤ちゃんの歯を守る第一歩は、
お母さんのお腹の中にいるときから

「マイナス1歳からのむし歯予防」——この言葉を耳にしたことはありますか?

マイナス1歳とは、赤ちゃんがまだお母さんのお腹にいる時期を指します。お子さまの歯の健康を守るためには、出産後ではなく、妊娠している段階からケアを始めることが大切だという考え方です。

マタニティ/妊婦のイメージ

歯科医療の世界では「KEEP28」という目標が注目されています。人間の永久歯は全部で28本。この28本すべてを一生涯健康なまま維持しようという取り組みです。乳幼児の頃から定期的なケアを続けたお子さまは、12歳の時点で9割以上がむし歯のない状態を保っているというデータもあり、これは北欧の歯科先進国と同等の水準です。

私たちは、妊婦さんとこれから生まれてくる赤ちゃんの歯の健康を守る「マタニティ歯科」に取り組んでいます。

むし歯菌はどこからやってくるのか

虫歯

生まれたての赤ちゃんにむし歯菌は存在しない

驚かれるかもしれませんが、この世に生まれたばかりの赤ちゃんの口腔内には、むし歯を引き起こすミュータンス菌はまったくいません。つまり、赤ちゃんは「むし歯菌ゼロ」の状態で人生をスタートするのです。

それなのに、なぜ子どもたちはむし歯になってしまうのでしょうか。

その原因は「周囲の大人からの感染」にあります。両親や祖父母など、赤ちゃんの身近にいる大人たちの唾液に含まれるむし歯菌が、日々の生活の中で赤ちゃんの口に入り込んでしまうのです。日本人成人のおよそ9割がミュータンス菌を持っているため、知らず知らずのうちに感染が起きてしまいます。

こんな行動がむし歯菌を広げています

日常生活の中で、むし歯菌が赤ちゃんにうつりやすい場面があります。

  • 自分が食べたものを赤ちゃんの口に入れてあげる
  • 同じスプーンやフォーク、コップを使い回す
  • 食べ物を大人が噛んで柔らかくしてから与える
  • 熱い料理を「フーフー」と息で冷ましてあげる
  • ほっぺや口元へのスキンシップ

中でも気をつけたいのが、お母さんからお子さまへの感染ルートです。授乳や食事のお世話など、一番近くで長い時間を共に過ごすお母さんから感染するケースが全体の約8割を占めるという調査結果があります。

要注意!「感染の窓」と呼ばれる時期

むし歯菌がお子さまの口に住み着きやすい「危険な期間」が存在します。

生後19か月(1歳7か月)頃から31か月(2歳7か月)頃——乳歯が生え始めてから生えそろうまでのこの約1年間を、専門家は「感染の窓」と呼んでいます。

この期間に大量のむし歯菌が入り込むと、口内の細菌バランスが崩れ、むし歯になりやすい環境が定着してしまいます。一度そうなると、大人になってもむし歯リスクの高い状態が続くことになります。

反対に、この「感染の窓」の時期をうまく乗り越えることができれば、3歳を過ぎた頃には口内環境が安定し、将来にわたってむし歯に強い歯を手に入れることができるのです。

妊娠中のケアが感染予防のカギ

妊婦 マタニティイメージ

だからこそ「マイナス1歳からの予防」が重要になります。

赤ちゃんをむし歯菌から守る最も効果的な方法は、感染源となるお母さん自身の口腔環境を整えておくこと。妊娠中のうちにむし歯をしっかり治し、プロによるクリーニングで口内を清潔にしておけば、出産後に赤ちゃんへ菌をうつすリスクを大きく減らせます。

ある研究では、お母さんにむし歯がある家庭のお子さまは、そうでない家庭と比べて約3倍もむし歯になりやすいという結果が出ています。

妊娠中の歯周病がもたらす深刻なリスク

むし歯菌の感染予防だけでなく、妊娠中の歯周病ケアも非常に重要です。お母さんの歯ぐきの健康状態が、お腹の赤ちゃんにまで影響を及ぼすことがわかってきました。

早産・低体重児のリスクが大幅に上昇

アメリカで1996年に発表された論文によると、歯周病を抱える妊婦さんは、健康な歯ぐきの妊婦さんに比べて、早産(37週未満での出産)や低体重児出産(2,500g未満)の確率が約7倍も高くなることが明らかになりました。

この数字は、タバコやお酒、高齢での妊娠がもたらすリスクよりも高いのです。歯周病という口の中の病気が、これほど大きな影響を与えるとは驚きではないでしょうか。

歯周病菌が早産を招くメカニズム

歯周病が悪化すると、炎症を起こしている歯ぐきから「サイトカイン」と呼ばれる炎症物質が分泌されます。この物質は血流に乗って体中をめぐり、やがて子宮にも届きます。

このサイトカインには子宮の筋肉を収縮させる働きがあり、出産を促すホルモンと似た作用をもたらします。その結果、本来の出産予定日よりずっと早い時期に陣痛が始まり、早産につながる可能性があるのです。

さらに、歯周病の原因菌自体が血液を介して胎盤まで到達し、胎児の成長に悪影響を与えるケースも報告されています。

妊婦さんは歯周病にかかりやすい

厄介なことに、妊娠中は歯周病リスクが跳ね上がる時期でもあります。

妊娠すると、エストロゲンやプロゲステロンといった女性ホルモンが平常時の10倍から30倍にまで増加します。歯周病菌の一部は、この女性ホルモンを栄養にして増殖するため、妊娠中の口内は歯周病菌にとって絶好の繁殖環境となるのです。

さらに、つわりで十分に歯みがきができない、唾液が減って口の中の自浄作用が弱まる、小分けに食事をとるため口内が酸性になりやすい——こうした要因が重なり、妊娠中はお口のトラブルが起きやすくなります。

実際、妊婦さんのおよそ半数に歯ぐきの腫れや出血といった症状が見られます。「妊娠性歯肉炎」という病名があるほど、妊娠とお口の問題は切っても切れない関係にあるのです。

妊婦さんでも歯科治療は受けられます

「お腹に赤ちゃんがいるのに、歯医者さんで治療して大丈夫?」「レントゲンや麻酔の影響が心配……」

こうした不安を抱えるお母さまは少なくありません。でもご安心ください。適切な時期と方法を選べば、妊娠中でも問題なく歯科治療を受けることができます。

永沢デンタルクリニックのデジタルレントゲン

レントゲンの安全性

歯科で使うレントゲンの放射線量は極めて微量で、1回あたり約0.01ミリシーベルト程度。これは普段の生活で自然に浴びる年間放射線量の100分の1にも満たない数値です。

しかも撮影するのは口元だけで、お腹からは十分に離れています。念のため防護用のエプロンを身につけていただきますので、赤ちゃんへの影響を心配する必要はほとんどありません。

麻酔の安全性

歯の治療で使う麻酔は、注射した部位だけに効く局所麻酔です。量もごくわずかで、打った場所で分解されてしまうため、胎盤を通って赤ちゃんに届くことはありません。

ちなみに、歯科で使われる局所麻酔薬は、帝王切開や無痛分娩の際にも用いられる成分と同じもの。痛みをこらえながら治療を受けるストレスのほうが、お母さまにも赤ちゃんにも良くありません。必要であれば、安心して麻酔をお使いください。

処方薬について

妊娠中はなるべく薬を飲みたくないものですが、どうしても必要な場合は、妊婦さんにも安全性が確認されている薬剤を選んで処方します。不安があれば産婦人科の主治医と情報を共有しながら対応しますので、遠慮なくご相談ください。

妊娠の時期に合わせた歯科受診のポイント

初期(妊娠15週頃まで)

つわりがつらい時期です。歯ブラシを口に入れるだけで気持ち悪くなる方もいらっしゃいます。無理は禁物ですので、調子の良い日に検診を受け、歯みがきのコツを教わる程度にとどめましょう。

もし治療が必要でも、この時期は応急的な処置だけにして、本格的な治療は安定期に入ってから行うのがおすすめです。

中期(妊娠16週〜27週頃)

つわりが落ち着き、お腹もまだそれほど大きくない安定期。歯科治療を受けるなら、この時期がベストです。

むし歯の治療、歯石取り、歯周病のケアなど、必要な処置はこのタイミングで済ませておきましょう。産後は赤ちゃんのお世話で手一杯になり、なかなか歯医者さんに行けなくなるものです。

後期(妊娠28週以降)

お腹がせり出し、診察台に横たわるのも一苦労。長時間の治療は身体に負担がかかりますし、早産のリスクも考慮して、この時期は簡単な処置にとどめるのが一般的です。

本格的な治療が必要な場合は、出産を終えて落ち着いてから取りかかりましょう。

お腹の中で赤ちゃんの歯は育っている

赤ちゃんの乳歯のもと(歯胚)が作られ始めるのは、妊娠7週から10週頃のこと。妊娠中期に入ると、そこにカルシウムやリンが沈着し、徐々に硬い歯の組織へと変わっていきます。

驚くべきことに、永久歯の一部も妊娠中から形成がスタートしています。つまり、お母さんの栄養状態や体調が、生まれてくる赤ちゃんの歯の質に影響を与えるということです。

よく「妊娠するとカルシウムを赤ちゃんに取られて歯がボロボロになる」と言われますが、これは誤解です。お母さんの歯からカルシウムが抜け出すことはありません。妊娠中に歯が悪くなる本当の原因は、ホルモンの変化やつわりによって、いつも通りのオーラルケアができなくなることにあります。

生涯使える健康な歯をプレゼントするために

永久歯28本すべてを一生守り続ける——これは夢のような話ではなく、現実に達成できる目標です。

小さい頃からきちんとメインテナンスを続ければ、成人してもむし歯ゼロの状態を維持できることが、数々の臨床データで実証されています。80歳を迎えても自分の歯で何でも噛める生活——そんな素晴らしい未来を、お子さまに贈ることができるのです。

その第一歩となるのが、妊娠期間中のお母さまのお口のケア。お母さまの口腔環境を整えることが、そのまま赤ちゃんの歯の健康につながります。

妊娠に気づいたら、つわりが治まる4〜5か月頃を目安に、ぜひお口のチェックにいらしてください。妊娠中から産後まで、お母さまとお子さまの歯の健康を一貫してサポートいたします。